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 《THE UNIVERSE 月曜日》文字起こしvol.1:松尾潔×黒沢薫対談後編

  • オン・ザ・視聴覚コーナー  ―――偶然を才能として。

KC「ゴスペラーズの活動のきっかけを辿っていくと、早稲田大学のサークル《ストリートコーナーシンフォニー》じゃない。このサークルは(山下)達郎さんの『On the street corner』がなければできてないわけでしょ?」
黒「できてないですね。おれと村上が高校三年生ではじめてアカペラで歌ったときも、『On the street corner』(『1』は1980年、『2』は1986年発表)での「alone」(『1』所収。オリジナルはザ・シェファード・シスターズ。1957年発表)と「so much in love」(『2』所収。オリジナルはザ・タイムズ。1963年発表)だったんですよ。あとは「longest time」(ビリー・ジョエル『An Innocent Man 』所収。1983年発表)」
KC「へ〜」
黒「高1のとき学校がつまんなくて、サボッてたのよ。その当時は金がなかったから、図書館の視聴覚コーナーでタダでCD聴いたりして時間つぶしてたんですよ。そこで手に取ったのが『On the street corner』であり、『ナイアガラトライアングル』(『vol.1』は1976年、『vol.2』は1982年発表。メンバーは『vol.1』で大滝詠一山下達郎伊藤銀次、『vol.2』で大滝詠一佐野元春杉真理)だったのよ」
KC「へ〜。じゃあもうアレだね、月曜ユニバースの申し子じゃない?」
黒「はっきり言って直系です!」
KC「フフフフフ」
黒「当時流行ってたJ-POPとかJ-ROCKとか言われてる音楽が苦手だったんですよ。で、聴くものが無くて困っていたときに、その2枚に出会ったんですよ。ああいう音楽はぼくらの世代的には、けっこう変わった音楽で、新鮮だった」
KC「黒沢くんのそういう“偶然”ってさ、これだけ続くと“才能”だよね。めぐりあう才能!」
黒「そうですかね……?」
KC「ぼくと大瀧さんがスタジオに行ったときに、同じスタジオにマーチンさんがいることを知って、2人を引き合わせようかな〜と思ったら、そこに黒沢くんも居たりとかさ」
黒「ありましたねー。ぼくはそのー、静かにめちゃくちゃ興奮してたんですよ。大瀧さんにお会いしたときも「ナイアガラトライアングルだぁ」とか「『vol.2』も聴いてますぅ」みたいなね」
KC「フフフ……大瀧さんなんだから「ナイアガラだぁ」でいいんだよ!」
黒「あ、そうか……」
KC「でも、そう言いたくなるのもわかるよ。少年に戻らざるをえないというか」
黒「そうなんですよ、達郎さんと話すときもそういう感じだし。最近はやっとマーチンにも慣れたけど、「おれもここまで来たか〜」みたいな、そういう喜びはありましたね」
KC「ぼくは、邦楽のなかで、ミュージシャンって人はたくさんいるけれども、<歌歌い>っていう人は少ないんじゃないかと思っていて」
黒「そうかもしれないですね」
KC「それで、歌にフォーカスしてるっていうことを、人にも言って、それをちゃんと活動にも示しているっていうところで、黒沢くんに期待してるって部分はすごくあるんですよ」
黒「そ、そうですか??ぼくは何を期待されているんでしょう……」
KC「また不用意な発言しちゃったかな……」

ON THE STREET CORNER 1

ON THE STREET CORNER 1

ON THE STREET CORNER 2

ON THE STREET CORNER 2

An Innocent Man

An Innocent Man

Best of 1963-1964

Best of 1963-1964

オールデイズ,ロックン・ロール・スタンダード25

オールデイズ,ロックン・ロール・スタンダード25

Vol. 1-Greatest Hits

Vol. 1-Greatest Hits

  • アンフォーギヴン  ―――SとMの肖像。

黒「JOEが『All that I am』(1997年発表)のコンベンションベルファーレをやったとき、観に行ったんですよ。で、もう、そのときの感動が未だに忘れられなくて……JOEが空色のスーツで現れて。でも、(ヒットしていた)「All The Things」は歌わなかったんだよね……歌ったのは、「No One Else Comes Close」(『All that I am』所収。ゴスペラーズは『永遠に』のカップリングでカバーした。こちらは98年発表)」
KC「そのベルファーレもクローズして……時の流れを感じますなぁ」
黒「ですねぇ……じゃあ、この曲を聴いて頂きましょうかね?」


♪JOE「All The Things」
黒沢薫After The Rain


KC「日米の<バラード歌い>、聴いて頂きました。Joeで「All the Things」、そして黒沢薫さんで「After the rain」(『Love Anthem』所収。2005年発表。作詞:松尾潔)でした」
黒「この「After the rain」は、悲しみつつも前向きな歌で、アルバムのなかでも大好きな曲なんです。松尾さんのフレーズで、「あなたは僕を許さないで」ってすごいなって思うんですよ。詞でも「許してくれ」っていうのはソウルの常套句なんだけど……」
KC「キース・スウェットはそればっかだもんね」
黒「そんな中で「あなたは僕を許さないで」ってフレーズはキたね。「あぁ、許さないでいいんだ……」っていう」
KC「うーん、2年前どんな気持ちで書いたんだろうって思い出してるんだけど、忘れちゃったね〜。たぶん数少ない自分の恋愛経験を思い出してたんだろうね、そのときは。ぼくのMっ気がそう書かせたんじゃないかな……フフフフフ……でも、それに共感するっていうのは、何かあるってことなんじゃないの?」
黒「いやいや、これはびっくりしたんですよ。この感覚は自分には無かったからね」

All That I Am

All That I Am

Love Anthem

Love Anthem

ベスト・オブ・キース・スウェット

ベスト・オブ・キース・スウェット

  • エナメルを塗った魂(ソウル)の比重  ―――黒沢薫とマーチン教室。

KC「というわけで。黒沢薫さんは現在、ブラザー・クロというキャラクターで、鈴木雅之さんとエナメル・ブラザーズというユニットを組んでいらっしゃるわけですが、マーチン(鈴木雅之の愛称)さんとの活動はどうですか?」
黒「楽しいっていうかね、感動しますね。デビューして十数年経ってね、まさかユニット組めるとは思ってなかったから」
KC「それも対等の立場で」
黒「そうそう、松尾さんに詞も書いて頂いて」
KCそういう意味じゃ作曲家と作詞家がマイク向けあってるっていう……あっ、じゃあ、とりあえず、その曲を聴いてもらいましょうか」


♪エナメル・ブラザーズ「She's my girl」


黒「この曲はマーチンと2人いっしょに録ったんですけど、イントロ部分には特にこだわりがあって」
KC「うんうん。そうだったね」
黒「で、ぼくが作曲したときに「こういうやりとりがあるだろう」みたいなのものを仮歌で入れて、マーチンに聴かせて、やってもらったらね、ぜんぜん聴いたことないようなものが出てくるんだよね。アドリブで」
KC「マーチンさんに限らず、音楽をたっくさん聴いてきた人ってみんなそうなんだと思うんだけど、漢方の薬局の無尽蔵にある小引き出しみたいなもんでさ、押したとこと違う、思いもしない引き出しが出てきちゃました、みたいなことが起こるんだよね」
黒「はいはいはいはい。ありますね」
KC「右の方押してんのに、左の足の方の引き出しが出てきて「痛っ」みたいなさ。すごいな〜って思うよね。やっぱり」
黒「そうそう。あの引き出しの多さは、すごい。やっぱ勉強になりました。自分もソロアルバム1枚作ってるから、立ち振る舞いも、まぁまぁソロ用には出来るだろうと思って<た>のよ。」
KC「そう思うよね。グループからソロってことで考えると」
黒「でも、ぜんっぜんかなわないもん」
KC「やっぱり違う?」
黒「違う!」
KC「黒沢くんも15年後はきっと、そう言われてるよ」
黒「はやくそうなりたいと思ってるんだけどね……やー、だから、いっしょにやっておもしろいですよ。学ぶこともたくさんあって」

She’s My Girl

She’s My Girl

  • ハンサムすぎる<男>の世界  ―――田島貴男のミクスチャー感。

KC「エナメル・ブラザーズ名義でレコーディングしてる曲は、冒頭でかけた「She's my girl」と、「モテるのもラクじゃない」だけだよね?」
黒「はい。「モテるのもラクじゃない」は田島貴男さんに作曲して頂いて」
KC「田島さんとははじめて?」
黒「はじめて」
KC「ぼくもはじめてだったんだよね」
黒「まさか自分が田島さんの曲に詞を書くとは思わなかったでしょ?」
KC「いっしょに仕事する人じゃなくて、聴く人だと思ってたね」
黒「わかるわかる。いい方でしたよね」
KC「男っぽいよね」
黒「かっこよくて。曲も男っぽいしね」
KC「デモの歌いっぷりというか、あれは田島さんの計算みたいなもんなんだけど、不良っぽくてかっこいいんだよね」
黒「そうそう。あの人はソウル大好きだよね。それでなお、あの曲はロックっぽいっていうか、不良っぽいというか」
KC「白人音楽をたくさん聴いている黒人音楽好きの、独特のミクスチャーされた感覚があるよね」
黒「ぼくとしても、あれはおもしろかったですね」
KC「まぁ、聴きますか?何はともあれ」


♪エナメル・ブラザーズ「モテるのもラクじゃない」


黒「序盤の「イェェェイ」ってところは、田島さんのマネして歌ってみたらわりとうまくできて。田島さん聴かせたら、「あぁ、これ採用したんだ」って笑ってたけどね。「いやいや、採用しますよぉ」みたいな感じで」
KC「ぼくはこの曲デモから聴いていて、その段階からは田島さんもそんなに理詰めで作られたとは思わないんだけど、それを黒沢くんの声でなぞったおもしろさっていうのはあったよね」
黒「ぼくとしても、あれはおもしろかったですね。ぜったい自分からは出てこないフレーズですから」
KC「田島さんっぽいよね」
黒「ほんとに。あえて乱暴に、っていうのがかっこいい!」
KC「田島さんのフレーズには、往年の小林旭さんみたいなぶっきらぼうな魅力があるよね」
黒「実際本人はすごい背が高いんですよ(笑)」
KC「顔も小さくて……ちょっと関根勤さんにも似てるっていう……フフフフフ」
黒「フフフ。関根さんも知り合いなんで、そこはなんとも言えない!」
KC「それと、細かいフレーズがラスト、炸裂してましたね」
黒「あの辺はマーチンが考えて「ここはJBだろ!」みたいな感じで。そこにおれがJODECIフレーズを入れるっていう、なかなか高度なことやってるんですよ。「ゲドーンナップガール」(JODECI「Get On Up」の一節。『The Show, The After Party, The Hotel』所収。1995年発表)って。わかる人はほんとに少ないと思うんですけどね。ぼくは、ソウルを咀嚼したR&Bの世代なので、やっぱりその時期のフレーズを入れたくはなりますね」
KC「なるほどね。そういう、おもしろいバランスで、おもしろい歪さをもった曲になったんじゃないかな」

  • 10秒間にソウル(魂)を込める   ―――シンガーとしての黒沢薫

KC「ここでね、おもしろいメールを頂きましたのでご紹介します。ラジオネーム:CAさん。『ミュージックフェア(21)』(フジテレビ。7月14日O.A.)をご覧になったと。 
ミュージックフェア』では、ソウルトライアングル(鈴木雅之ゴスペラーズ&Scoop On Somebody)と命名された方が出演されておりましたが、楽しい30分でした。「まさにエンターテイナーの名にふさわしい、エナメルブラザーズ「She's my girl」では、黒沢さんが「マママママイシュガ〜♪」と、さりげなくルーサー・ヴァンドロスを登場させておりました。
 
ということですが……伝わってるね!」
黒「ありがとうございます!わかってくれる人少ないんだよなぁ……いや、ほんとに」
KC「ジレンマだよねぇ。自分でタネ明かししちゃうマジシャンみたいなさ、「おれにそれ言わせんなよ」みたいな。あるんじゃない?そういうの」
黒「すごいありますよ!特にぼくは曲も作るんだけど、歌い手目線で曲作るじゃない?そうすると、簡単に「優しくていい曲ですね」とか言われると、カチンとくるわけよ!「この部分ってさ、実はこれが元ネタなんだよ!」って自分で言っちゃうっていう……」
KC「このアイディアおれじゃないんだ!オリジナルはおれじゃないんだよ!みたいなね」
黒「ちゃんとルーサー歌いってわかってて……まぁ、この場合は、ジョニー・ギル歌い(「My, My, My」『Johnny Gill』所収。1990年発表。ジョニー・ギルはルーサー直系のボーカルスタイル)なんですけどね。ぼく的には」
KC「そうなんだよ。「マママママイ♪」っていうのは、ルーサーがやってる歌唱を聴き込んできたから、こういう風に歌ってるんだっていうのは、まぁ、タネ明かしであって、タネ明かし以上のものっていうか。つまり、「なんだ、じゃあ、黒沢さんが自分で作り出したアドリブのフレーズじゃないんだ」とか、そういうことじゃないんだよね」
黒「そうそうそう」
KC「それで言うと<オリジナル>ってなんだっていう事になるじゃない。たとえば、無人島で生まれ育った人が、変な雄たけびをあげたら、それは<オリジナル>ってことにはなるかもしれないけどさ、それってたぶん感動しないからね」
黒「だから、あれは、あの10数秒の間にソウル/シャウター的な歴史を込めてるんですよ」
KC「そういうことそういうこと!(深くうなずいて)」
黒「オーティス・レディングから、<今>に行きますよ、っていう。あそこは作曲家としてのこだわりっていうよりは、歌い手としてのこだわりなんです」
KC「それで、自分のやってる音楽っていうのが、先人たちの伝統を踏まえてここに立ってます、っていうひとつの宣言でもあるわけじゃない?そういう構造がわかるようになると、音楽を聴くのもどんどん楽しくなるのにね」
黒「昔、アッシャーにインタビューしたことがあるんだけど、「ぼくはR&Bの<伝道師>なんだ」って、彼ぐらいの大スターでも言ってるんですよね」
KC「<伝道師>=<教祖ではない>ってことを言ってるんだよね。ぼくもね、昔、吉田美奈子さんに「黒っぽい歌い方ですね」って話したら、「私は、自分の大好きな黒人音楽のボーカルスタイルをお借りしているだけです」っておっしゃってたんだよ」
黒「ほぉ」
KC「また、そうご本人がおっしゃっているのに、軽々しく<日本のブラックミュージックの元祖女王>って書かれてたりするのをみると、逆に失礼じゃん!って思うわけ。彼女がどんな格闘をくりひろげて、培った<かたち>にしたかっていう歴史をさ、無視してるよね。決して突発的にできたスタイルじゃないのに」
黒「試行錯誤って、特にこういうスタイルで歌ってると、よくあるんですよ。具体的にいうと、歌謡に転びやすい。音楽性の違いって、ボーカルスタイルの違いだったりするわけじゃないですか。たとえば、黒人が「イマジン」歌っても、ブラックミュージックになるんだけど、それを普通の人が歌ったら、ただ「ジョンレノンが好きなんですね」で終わっちゃう……ぼくらは、そんなようなことを、ずっとやってるのと一緒なんですよ。メロディは歌謡かもしれませんけど、ぼくらが歌ったらR&Bになる。そういうことを、わかる人にはわかってほしいと思って歌ってるんですよ。それを聴いてる人みんなが理解してるとは言えないわけじゃないですか、知識の差があるから。ただ、聴いた人の何人かでもそれをわかってほしいと思って、ぼくらは歌ってるんですよ」
KC「リスナーとしての音楽マニアっていう立場を失わずに歌ってる人の歌はさ、絶えず、<同士求む>っていう目線が入ってるよね」
黒「そうそうそう。ここで、おれもういいやって辞めちゃうと、途端におもしろくなくなるじゃん。だから、ぼくはやっぱりまだ、新譜も聴くし、音もちゃんと作っていきたいと思ってるわけですよ」

Never Too Much

Never Too Much

Soul Album

Soul Album

Johnny Gill

Johnny Gill

MINAKO

MINAKO

  • 重なるソウル  ―――カレー&スパイス。

KC「去年の正月遊びに行ったときさ、何の資料も無く手書きでブリ大根カレーのレシピ書いてくれたじゃない?あれぼくも家で作ったんだけど、あれ、そのままレシピ通りでできちゃうじゃん!ウチでは永久保存してるよ、あのレシピは」
黒「ぼくはレシピを惜しみなく公開する方ですから」
KC「しかもわかりやすいんだよ。ぼくはもともとカレーは好きだったんだけれども、黒沢くんにカレーを“作る”ということを教えてもらって、その辺のスーパーじゃ売ってないような香辛料を、百貨店をいくつか回って買ったりとかするようになったんだよ。そしたらやっぱりね、それだけおいしい味になるんだよねぇ(しみじみと)」
黒「本格的な味になるでしょ?」
KC「なるね。もらったレシピをみて自分で作ったときに、時間はかけてるんだなぁとは思ってたけど、生臭い話、「これって投資してんだぁ」って、ヘンに感心しちゃった!」
黒「ハハハハハハ」
KC「でも、これって実は歌といっしょなんだよね」
黒「そうそう。最初はすごくわかりやすいところから入るわけじゃない?それこそ、カレールー使うみたいなもんですよ。それから自分だけのものを出していったり、自分の好きな味に近づけていくときに、だんだん、少しずつ極めていくというか。一生かけてすることなんですよ、何でもね」
KC「だから、同じものを好きになっても、その人を通過したときに残るもの、それが個性であり、歌のおもしろみであり、味のおいしさでもあるんだよね」

  • エンディング  ―――メイク・イット・ラスト・フォーエバー。

KC「はい、えー、エンディングですけども。楽しかった?」
黒「こんなにしゃべったこともない、って言おうとしたんだけど……いつもこれくらいしゃべってるよね」
KC「当たり前の話なんだけどさ、ふだんは曲聴いてる間だまったりとかしないじゃん。だから、ラジオってやっぱ違うよね」
黒「ぼくらのいつもの感じっていうのは感じて頂けたんですかね」
KC「ま、伝わってるんじゃないですか?……それでは、お相手は松尾潔と」
黒「黒沢薫でした」
KC&黒「「おやすみなさい」」


Keith Sweat & Jacci Mcghee「Make It Last Forever」

Make It Last Forever

Make It Last Forever


(2007年8月27日放送から抜粋)